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ある翁の、記念公園

青山一丁目駅を目指して歩いていたら、公園に迷い込みました。
むむ。これはタダの公園にあらず。

元、誰かの邸宅?哲学堂公園のように、何かの思想に基づいている?

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誰かが座っています。翁。

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おお。高橋是清翁像でしたか。

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相性が「だるまさん」だったとのこと。愛嬌たっぷりのお顔立ち。

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高橋是清邸の跡地でしたか。
ということは、二・二六事件の際、この場所で殺害されたのですね・・・。

邸宅は移築され、現在では都立小金井公園内の
「江戸東京たてもの園」で、公開されているとのこと。

で、wikipediaを読んで見たところ、驚愕のエピソードが・・・。以下、引用。

横浜のアメリカ人医師ヘボンの私塾(現・明治学院高校)にて学び、
慶応3年(1867年)仙台藩の命令により、
勝海舟の息子・小鹿(ころく)と海外へ留学した。

しかし、横浜に滞在していたアメリカ人の貿易商、
ユージン・ヴァン・リード(Eugene M. Van Reed)によって
学費や渡航費を着服され、

更にホームステイ先である彼の両親に騙され奴隷契約書にサインし
奴隷としてオークランドのブラウン家に売られる。

牧童やぶどう園で奴隷としての生活を強いられ、いくつかの家を転々とわたり、
時には抵抗してストライキを試みるなど苦労を重ねる。


なんと。
13-14歳頃、アメリカで奴隷にされていた!

まあそれから帰国の後、芸者の付き人、教師、相場師、畜産業、
アンデス山中の銀山経営と破綻を経て、
晩年は日銀総裁、大蔵大臣、そして首相となったと、まあ豪快な人生。
(リンク: 宮島醤油ホームページ 高橋是清と耐恒寮 より)

石灯籠、たくさん。昭和25年より、港区の管轄になってます。

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隣は、カナダ大使館。
公園の塀の奥にも、まだまだ雑木林が続いています。

酒好きで、国会本会議場の席でも堂々と茶碗酒をすすっていたそうな。
1936年2月26日 赤坂の自宅二階で暗殺され、死去 享年82

ちょっと胸がざわざわする、都会のオアシスです。

(撮影は、2009年10月)
  • Date : 2009-10-28 (Wed)
  • Category : 東京都
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